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【アーティスト・インタビュー 前編】ティン・リン――9×9フィートの独房で獲得した自由

2017/09/29 17:00

ティン・リン――9×9フィートの独房で獲得した自由

「サンシャワー展」(会期:2017年7月5日~10月23日)の会場のひとつである国立新美術館の2つ目のセクション「情熱と革命」は、国家の独立や民主主義、基本的人権がいかに大切なのかを観る人に想起させます。東南アジアの人々にとっては、第二次大戦後、決して遠くない過去にようやく獲得した権利も少なくないのです。

セクション半ばに作品が展示されたミャンマー人アーティスト、ティン・リンが正当な理由なく当時の軍事政権に政治犯として投獄され、7年間「自由」を奪われたのもわずか20年前のことです。刑務所という不自由の極北。しかしアーティストにとっては逆説的な「自由」でもあったそうです。

インタビュー:喜田小百合(国立新美術館アソシエイトフェロー)


ティン・リン(Htein Lin)

プロフィール:ティン・リン(Htein Lin)
1966年、ミャンマーのインカブ生まれ。現代アートの作家として、絵画やオブジェ制作など多岐にわたる活動を行っており、特にビルマ(ミャンマー)における最初期のパフォーマンス作家として重要な位置を占めている。ヤンゴン大学法学部在学中の88年に民主化運動に参加、軍事政権が誕生すると地下活動へ移行する。92年、組織の分派による内ゲバを逃れて脱走し大学に復帰、95年修了。アーティストや俳優として活動していたが98年、反政府活動の容疑で捕えられ刑務所に収監されると、獄中でアーティスト活動を継続し、「00235」シリーズを制作した。2004年に解放されると、2006年にはロンドンへ移住、その後イギリスやタイなど各地で展覧会やパフォーマンスで作品を多数発表。2013年にミャンマーへ帰国し、《ショウ・オブ・ハンズ》など精力的に作品を制作している。


無実の罪を着せられて

喜田小百合(以下、喜田):「サンシャワー展」が始まっておよそ1週間がたちました。リラックスできましたか?

ティン・リン:ええ。開幕後に日本各地を訪れましたが、充実した時間を過ごすことができました。

喜田:これまでのインタビューですでにお答えになっている話もあると思いますが、まずは「サンシャワー展」の出展作品を入り口に進めていきたいと思います。「00235」シリーズをはじめ、今回展示されている作品は刑務所という過酷な状況下で作られたものです。多くの人は刑務所に入るという経験を持ちませんから、どういう状況下で、どういう心境で作られたのかということが、最初に興味として浮かぶと思います。

ティン・リン:当時、私はコンテンポラリーアートの活動にかなり力を入れていたのですが、1998年に突然、政治犯として逮捕されることになりました。刑務所での生活は、それまで経験したことのない、大変過酷なものでした。コンクリート製の部屋は約9フィート(約2.7メートル)四方ほどという狭さ。基本的にはそこに一人でいなければなりません。私自身は何も間違ったことをやっていないのに、あのようなかたちで自分のアート活動を止めたくはありませんでした。

ティン・リン(Htein Lin)

喜田:当時、民主化運動に関わっていた多くの人たちが、裁判もなしに突然投獄されたそうですね。ティン・リンさんもその一人だったわけですが、アートを続けるというモチベーションをどのように保たれたのですか?

ティン・リン:普通に考えれば絶望的な状況です。けれども、先輩に当たる周りの政治犯たちは刑務所にいながら、とても生き生きと生活をしていたのです。彼らは投獄されている時間をいささかも無駄にせず、軍事政権への批判を、24時間発信し続けていました。彼らが政治家として政治的な責任を社会のために果たしているように、私も一人のアーティストとして、社会のために責任を果たさなければならない。

刑務所の劣悪な状況をマイナスの面から考えるのではなくて、逆にこれがチャンスだと考えるに至ったのです。自分一人という隔離された状況を出発点にアートを創作することができるのではないか、それは他の人のものとは異なるアートになりうるのではないか、そう考えて気持ちを切り替えました。

喜田:チャンスというのは、驚くべき言葉ですね。

ティン・リン:なぜなら刑務所で配られる薬とか制服、石けんなどを使ってアートを作るという創意工夫の可能性があり、政治犯として私同様刑務所に入れられている何千人にのぼる活動家のために、この事実を記録したいとも考えました。当時、ミャンマーにおいては政治犯の経験が語られた記録というものが存在しなかったのです。そうであればアーティストとして記録することが私の責任だと考え、刑務所の中でのアート活動を始めたわけです。

ティン・リン(Htein Lin)

喜田:別のインタビューでは「カメラを持ち込めない刑務所であってもアートを作ることでその場で起こっていることを記録できる」とおっしゃっていたと思います。今のお話との関連を感じました。

ティン・リン:刑務所の中では政治犯に対する人権侵害や、軽犯罪の囚人に食事が与えらないなど、さまざまな問題が目の前で起きています。しかし、それを記録したいと考えても、ボールペン一本でも見つかれば、棒たたき20回の罰を受けます。ましてやカメラを持ち込むということはまったく考えられません。けれども私は、画家として絵を描くことができる。

カメラというものは、写ったものそのもの以外のことを伝えることはできません。しかし絵であれば、絵そのものに加えて、絵を描く人の経験や体験を含めることができます。視覚的なものだけではなく、自分の人生観を表すことができるのです。一例として、刑務所での座り方を形にした作品がいくつかあります。

喜田:「石けんのブロック」という石けんを用いた彫刻のシリーズにも表現されていますね。

ティン・リン《石けんのブロック》1999/2015年

ティン・リン《石けんのブロック》1999/2015年

ティン・リン《石けんのブロック》(ヤンゴンのゲーテ・インスティテュートで行われた個展「The Storyteller」でのインスタレーション)2015年

ティン・リン:朝と晩、刑務官は囚人の人数を確認しにきます。その時、私たちは足を組んで、頭を下に向け、拳を握って膝の上に載せながら、じっとしなければなりません。数え終わるまで、そのまま動かずに座っていなければならないので、とても苦しい。紙を見ながら一人ずつ確認するので、場合によっては1~2時間ぐらいかかることもあります。刑務所は瞑想するための場所ではありませんから、ある意味では虐待です。この間にもし言葉を発すれば、たたかれてしまう。

「ポンサン(ミャンマー語で「定型」を意味する)」と呼ばれるこの光景を写す場合、一定の人数しかカメラのフレームには入りませんが、絵であれば余白を活用できます。《ポンサンの姿勢をとる (Ponsan Tain )》(2005年)という作品において、私は余白の中に、囚人が座っている様子を逆さまにして描き込みました。これで単に座らされている様子だけではなく、彼らに着せた服の奥にある、筋肉が硬直している様子までが見えないでしょうか。逆さまに描いたのは、彼らの人生が、まさに暗転している様子を意味しています。政治犯の多くは、何の罪も犯していないのに、囚人として取り扱われているわけですから。

ティン・リン《ポンサンの姿勢をとる》2005年
ティン・リン《ポンサンの姿勢をとる》2005年
ティン・リン《ポンサンの姿勢をとる》2005年
ティン・リン《ポンサンの姿勢をとる》2005年

ティン・リン《ポンサンの姿勢をとる》2005年
*「サンシャワー展」では展示されていません

刑務所で「描く」ということ

喜田:刑務所では絵筆なども入手できませんから、これをご自身の指、プラスチックの破片、注射器といった絵筆の代用品で描いているのですよね。ただ、ボールペン一本が見つかっただけで罰を受ける状況で、どのように材料を入手し、描くことができたのでしょうか。

ティン・リン:刑務所において実際は、私一人で絵を描くことはできません。看守たちの協力を得て、例えばまずロンジー(巻きスカート)のような布を調達せねばなりませんし、その布を隠す場所や絵の具を保管する場所も必要です。絵を描いた後は、刑務所の外に秘密裏に運び出す作業も発生します。監視の目を逃れるため、排せつ物を入れる容器に絵を入れて運び出すということもありました。刑務所内のスケジュールなども常に把握しておく必要がある。

日ごろ仲良くしてくれている刑務官や看守が、どこの建物を監視しているかというような情報も収集しました。共同で生活している他の囚人たちの協力を得ることもとても大事です。彼らは単に私のアート活動の題材としてだけの存在ではなく、ロンジーなどを分けてくれたりします。もし何か問題が起きたら、彼らも罰を受けるにもかかわらず。

喜田:そうした不自由な状況にあったのに、別のインタビューでは「ある意味刑務所の中のほうが外の世界よりも自由だった」というお話もされています。その意味について、詳しくお聞かせいただけますか。

ティン・リン:第一に情報機関からの監視や検閲のようなことを恐れなくてもいいということ、第二に作品を市場に出して金銭的に利益を得ようという気持ちがまったく起きなかったこと、第三に観客や評論家による評価をいささかも気にせず、自分の作品を作ることができたこと。この三点が、今見ていただいているような作品を作ることができた背景です。

極めて限定された状況でしたが、気持ちとしては本当に気軽に自分のアート作品を作ることができました。刑務所の外には当時、密告者が存在したので、政権の高官や将軍などに話が及ぶと、それが筒抜けになるのではないかという恐怖感がありました。しかし私たち政治犯の場合は、元から強い信念を持っていたので、軍事政権に対する不満なども、ためらうことなく発言できたのです。

ティン・リン(Htein Lin)

軍事政権の高官たちを神様のように扱う必要はまったくありません。独裁的な地位にあったタン・シュエ大将のことであっても、自分たちが好きでなければそれを自由に言うことができました。刑務所内であれば、通常は所長や刑務官のことを恐れるわけですが、そうした態度をとることで、逆に彼らの方から私たちのところに近寄らなくなります。結果、私たちには彼らを恐れる気持ちがまったく生まれないのです。

アーティストとしての側面では、外の世界で絵画の展覧会をすれば、情報機関の人間から一枚ずつ絵の意味について聞かれ、塗られている絵の具の色にまで話が及びます。赤い色が多ければ、なぜこんなに赤い色を多く使うのかと。要するに恐怖感を持ちながら、アート作品を作ることになるのです。絵の具や布を調達してくれた刑務所の中の協力者に対して、私は外に出るまでは発表しませんという約束もしていたため、展覧会のために制作するときのような気遣いもなく自由に制作することができました。

喜田:刑務所の中の自由については、ネルソン・マンデラや、ビクトール・フランクルなども書き記していますが、ティン・リンさんのお話を聞いていると自由という概念について改めて考えさせられます。

ティン・リン:自由というものを、最初は軍事政権が握っていると思っていたのですが、しかし、四角形の密閉状態の部屋にいながら、これだけ自由がある。それを初めて知って、とても驚きました。こうした自由を獲得したと知った以上、これこそチャンスと考え、継続的に活用しないといけないと感じました。

ティン・リン「サンシャワー展」の展示風景(国立新美術館)

「サンシャワー展」の展示風景(国立新美術館)。獄中で描かれたという「00235」シリーズから14点が出展された。

後半は【アーティスト・インタビュー 後編】ティン・リン――人間を成熟させる「アート」と実践 に続きます→

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ティン・リンの作品は、「サンシャワー展」の国立新美術館会場の「情熱と革命」セクションで展示されています。


インタビュアー:
喜田小百合(きだ さゆり)
京都市生まれ。ギャラリー勤務などを経て、香港中文大学大学院の修士課程(Cultural Studies)で、主にアジア美術におけるアーカイブの問題について研究。香港のアジア・アート・アーカイブ(AAA)やインドネシア・ヴィジュアル・アート・アーカイブ(IVAA)などの調査を行う。2016年より国立新美術館勤務、14人の「サンシャワー展」キュレーターの一人で、ティン・リンの展示を担当した。

通訳:マウン・ティン・タイ
写真:佐藤憲一(ポートレート)